片山産業株式会社(かたやまさんぎょう、KATAYAMA SANGYO)
第二次世界大戦後のオートバイメーカー乱立期に名古屋市で設立された日本の二輪自動車製造企業である。ブランドネームの「オリンパス(Olympus)」は、ギリシャ神話の神々が住む山として知られるオリンポス山に因む。ブランドネームが重複するオリンパス株式会社とは、資本関係も無い全く別の会社である。以下、片山産業の歴史を調べてみました。(ウィキペディアより)
オートバイ製造への参入
- オートバイ製造に踏み出したきっかけは、名古屋の自転車屋からオートバイ用エンジンの試作を依頼されたことであった。
- 4サイクル150ccの試作エンジンが完成したところで依頼した自転車屋から引き取りをキャンセルされたため、自社で車体まで製造して完成したのがオリンパス号の第1号車であった。
- 当時は第一次オートバイブームがピークを迎える時期であり、オリンパス1号車の売れ行きも好調であったことからオートバイの生産1本に絞るようになった。
成長期から衰退
- エンジンを自社で製造し、フレームなどの部品は他社に発注して自社製エンジンと組み合わせてオートバイを完成させるアッセンブリメーカーで、500坪の敷地の工場で月産150台程度の規模だった。
- また完成したオートバイだけでなく、エンジン単体もオリンパスエンジンとして伊藤機関工業(IMC)などの他のアッセンブリメーカーに供給した。
- 1959年発売の4サイクル250ccのオリンパス・マックスは、ドイツのNSUのオートバイを参考にした信頼性の高いモデルだった。
- その一方で2サイクル水平対向2気筒エンジンのオリンパス・クラウンや2サイクル並列2気筒のスーパーツインといった画期的なメカニズムの車種を生み出した。
- しかし、これらの新機軸を持つモデルを技術的に熟成される前に市場に出してしまったために発売後に様々な欠陥が見つかり、クレームと返品が続出したことが結果的に片山産業が衰退するきっかけとなった。
転換期から廃業
- 1959年に名古屋を襲った伊勢湾台風は港区などの港湾地区に集中していたオートバイメーカーの工場を直撃し、多くのメーカーが廃業に追い込まれる中、千種区に工場を持っていた片山産業は台風から生き残った数少ないメーカーのひとつだった。
- しかし1960年ごろからはオート三輪や軽自動車の台頭によって手軽な運送手段としてのオートバイ産業そのものが転換期を迎え、1961年に片山産業はオートバイ製造から手を引くことを決定した。
- 以後は徐々に生産台数を減らすと同時に車検整備工場やタクシーの認可を受けるなどの基幹業種を増やしたものの、業績の回復が見込めなかった為、1963年には完全にオートバイ製造事業から撤退し、会社は解散された。
主な製品(製造車)
- オリンパスK(1951年発売) – 空冷4ストロークOHV単気筒142cc。
- オリンパスKY
- オリンパスKT/オリンパスKS – 空冷4ストロークOHV2バルブ単気筒、350cc。リアサスペンションがオリンパスKTはプランジャ式、オリンパスKSはスイングアーム式。
- オリンパスキングOS/オリンパスキングOH(1955年発売) – 空冷4ストロークOHV2バルブ単気筒、250cc、オリンパスOHのリアサスペンションがオリンパスキングOHはプランジャー、オリンパスキングOSはスイングアーム。密閉式チェーンカバーを採用した。
- オリンパスOT – 1956年4月第三回全日本自動車ショー(東京モーターショーの前身)で発表されたが市販はされなかった。空冷4ストロークOHC並列2気筒。ボア52mmxストローク58mmで排気量246cc、圧縮比は6.8。12馬力/5900rpm、1.6kgm/4200rpm。
- オリンパス・クラウンH – 空冷2ストローク水平対向2気筒。
- オリンパス・アリナ(1959年発売) – 空冷2ストローク単気筒。ボア52mmxストローク58mm、123ccで7.8馬力/5500rpm、1.1kgm/4000rpm。前進3速変速機。
- オリンパス・マックス(1959年発売) – 空冷OHV250cc単気筒。18万5000円。
- オリンパス・スーパーツイン(1960年発売) – 空冷2ストローク直列2気筒。18万2000円。
思っていたより沢山のオートバイを製造していたのですね。これだけのオートバイを製造出来るのには、全盛期にはかなりの売り上げが上がっていたのでしょうね。当時の人気メーカーだったのでしょうか?
オリンパス号が活躍していた頃は、日常の足としてオートバイが大活躍していたというシーンが目に浮かびますね。第二次世界大戦からの復興も進んで来て、皆さん一生懸命働いて活気が溢れていたのでしょうね。
片山産業オートバイオリンパス号の詳細
片山産業オートバイオリンパス号は、1950年代に名古屋の中堅メーカーであった片山産業が製造したオートバイです。オリンパス号にはいくつかのモデルが存在しましたが、特に有名なのはオリンパス クラウンです。
オリンパス クラウンは、世界でも珍しい2サイクル水平対向2気筒エンジンを搭載した画期的なモデルでした。当時、このタイプのエンジンは東ドイツのMZ-BK350ccにしか搭載されておらず、オリンパス クラウンは国産車として初の採用となりました。
オリンパス号は、その革新的なエンジンとスタイリッシュなデザインで、当時のライダーたちに高い人気を誇りました。しかし、1960年代に入ると、大手メーカーの台頭や経営難などにより、片山産業はオートバイの製造から撤退することとなりました。
現在、オリンパス号は希少な存在となっており、コレクターの間で高い価値を持っています。その美しいデザインと革新的な技術は、日本のオートバイ史における重要な遺産として、今もなお多くの人々を魅了し続けています。
片山産業は1963年に会社は解散してます。色々と新機軸を持つモデルを開発・販売したものの、技術的に熟成される前に市場に出してしまったために発売後に様々な欠陥が見つかり、クレームと返品が続出したことが結果的に片山産業が衰退するきっかけとなった。これが倒産の大きな原因の1つでしょうか。新技術を投入する際はしっかりテストを繰り返して問題を洗い出して対策してから販売すべきだったのですね。片山産業で起こった技術的な問題とは今でもEV車などで見られる問題だなと感じています。
さて、オリンパスシリーズのオートバイは現存しているのでしょうか? どこかに保存車があれば見てみたいですね。もしご存じの方がおられたら,コメントして頂けると幸いです。
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