【和製ハーレーダビッドソン、陸王】の栄光と挫折

クラシックバイクの歴史

陸王オートバイ:栄光と挫折の歴史を辿る

陸王オートバイは、1930年代から1950年代にかけて日本で製造・販売されていたオートバイブランドです。その歴史は、ハーレーダビッドソンの国産化から始まり、戦争、そして戦後の復興と、日本の激動の時代を反映しています。

創業とハーレーダビッドソンの国産化

陸王の歴史は、1933年に遡ります。三共内燃機株式会社がハーレーダビッドソンのノックダウン生産を開始したのが始まりです。当初はハーレーダビッドソンの部品を輸入し、日本で組み立てて販売していました。

1935年には、ハーレーダビッドソンとの技術提携により、国産化率を高めた「陸王号」を開発。翌1936年には、側車輪駆動二輪車仕様の陸王号が「九七式側車付自動二輪車」として日本陸軍に採用され、その名が広く知られるようになりました。

戦時中の活躍と苦難

戦時体制下では、軍用オートバイの需要が高まり、陸王は生産を拡大しました。しかし、戦争末期には資材不足や空襲などの影響で生産は困難を極め、終戦を迎えます。

戦後の再出発と終焉

戦後、陸王は昭和飛行機の傘下に入り、陸王モーターサイクル株式会社として再出発します。しかし、GHQによるオートバイ生産制限や、海外メーカーの進出などにより、経営は苦境に立たされます。

1950年代には、国産初のスクーターや、斬新なデザインのオートバイを開発するなど、新たな市場開拓に挑みます。しかし、これらの努力も実らず、1960年に陸王モーターサイクルは倒産。陸王オートバイの歴史は幕を閉じました。

陸王が残したもの

陸王は、国産大型オートバイの先駆けとして、日本のオートバイ史に大きな足跡を残しました。その力強いエンジンと重厚なデザインは、今も多くのファンを魅了しています。近年では、陸王をモチーフにしたカスタムバイクや、復刻版のグッズなども登場し、往年の名車の記憶を蘇らせています。

陸王オートバイの主なモデル

  • 陸王号(1935年):ハーレーダビッドソンとの技術提携による国産化モデル。
  • 九七式側車付自動二輪車(1936年):日本陸軍に制式採用された側車付きオートバイ。
  • RO号(1950年):戦後初の陸王オートバイ。
  • RB号(1951年):OHVエンジンを搭載したスポーツモデル。
  • RX号(1955年):国産初のスクーター。

 

陸王の年表

  • 1917年(大正6年) – 大倉商事が輸入販売を開始する。
  • 1918年(大正7年) – 軍用としてサイドカー仕様が納入される。
  • 1931年昭和6年) – 三共が販売ライセンスを譲り受け、日本ハーレーダビッドソンモーターサイクル(株)を設立。輸入販売を開始する。
  • 1933年(昭和8年) – 日本ハーレーダビッドソンモーターサイクル(株)が製造ラインを含めて生産ライセンスを取得して、国内での生産を開始する。
  • 1935年(昭和10年) – 日本ハーレーダビッドソンモーターサイクル(株)から三共内燃機(株)に社名を変更する。
  • 1936年(昭和11年) – 側車輪駆動二輪車仕様の陸王号が「九七式側車付自動二輪車」として日本陸軍に採用される。公募により名前が「陸王」に決定する、三共内燃機(株)から陸王内燃機(株)に社名を変更する。
  • 1949年(昭和24年) – 陸王内燃機(株)が業績不振のため倒産。生産停止になる。
  • 1950年(昭和25年) – 昭和飛行機が事業を引き継ぎ、陸王モーターサイクル(株)を設立。生産を再開する。
  • 1959年(昭和34年) – 生産が中止される。
  • 1960年(昭和35年) – 陸王モーターサイクル(株)が倒産。

陸王オートバイの特徴

当初生産されたオートバイはサイドバルブV型2気筒1,208 ccのエンジンを搭載した車両であり、これは当時のハーレーダビッドソン・モデルVLという車両を国内で生産したものである。戦前の陸王は軍需に依存していたため、生産の中心は軍用サイドカーだった。日本人の体格に合わせ、陸王としては小型の750 ccモデルも生産し、戦後一時期は白バイなどにも採用された。しかし、1,200 ccではフロントのスプリンガー式ボトムリンクサスペンションや後輪固定式シャーシなどを遅くまで使用するなど、シャーシ設計の旧弊さは後年まで陸王の弱点となった。

また、ハンドシフト手動進角、手動オイルポンプ(実質、オイルを使い捨てる潤滑を恒常化させた古典設計)などといった、戦前のハーレー特有の特殊な操作体系も末期のRT2が登場するまで変わらず、説明書の操縦法を熟知し手慣れた者でなければ「壊さないように(更に単車では横転事故を起こさないように)乗りこなす事自体が難しい」といった点も、イギリス車やドイツ車の流れを汲む後発メーカーの(現在のオートバイとほぼ同じ)単純な操作体系の車種に圧される要因となってしまった。

なお陸王が生産されていた時からエンジンのOHVレイアウトは実用化されていた。1936年(昭和11年)にOHVレイアウトの傑作エンジン「ナックルヘッド」を市販化したハーレー本社からもOHVエンジンでの生産を勧められたが、サイドバルブエンジンが既に軍用車両で使われ実績があったことから、あえてOHVを使用しなかった。しかしそれはエンジンの高性能化を妨げる要因となり、太平洋戦争後は後発メーカーによる高性能で軽量な小排気量車両に押されるようになっていった。

こうした事態を打開すべく、1952年(昭和27年)にはBMW単気筒バイクを参考に開発したOHV単気筒エンジン搭載のフットシフト中型車・A型(グローリー)を登場させ、その後250 ccのF型なども市場投入し、AB、AC及びFB、FC型へと発展させているが、品質に拘りすぎた事が祟り、他社との価格競争に敗退。最後まで「陸王=ハーレー」のイメージが抜けなかった事もあってか、大型車両中心の経営体質の改善に繋がる程の売り上げを達成する事は出来なかった。

750 cc陸王も、エンジンをOHVに改良した試作品の製作までは行ったものの、生産までには至らず倒産してしまった。

陸王は私がオートバイに興味を持つ前に倒産していて、走行シーンなどはさすがに見たことはありませんね。実車を見たのは、四国自動車博物館を訪れた時に見たのが初めてです。陸王RQ750が展示されています。前回訪れた時はあまり時間が無くてゆっくり見て回れなかったので、もう一度四国自動車博物館を訪れてれ4輪も2輪もじっくり時間をかけて見て回りたいです。

最近古書市でも古いオートバイの雑誌には巡り会えていません。なかなかお宝には巡り会えませんね。チャンスを求めてまた古書市を訪れますね。

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